野口剛「貴女が遠くへ行く 純子さんの幸せを願って」を読む
好評をいただくも、なかなか私のエネルギーが必要になるためにゆっくりな詩喰シリーズ、第六弾である。
今回は、野口剛:http://twitter.com/nogutigoさんから作品の指定を受けたので、それを喰らっていこうと思う。
彼は一途な人だ。そして文学に真摯で、夢に向かって積極的な人だ。
彼の世界観に、そういった彼のあり方がどう反映されているか、見ていきたい。
タイトルは「貴女が遠くへ行く 純子さんの幸せを願って」だ。
「純子さん」は、彼が一途に慕っている人だ。その方は日々の彼の言葉の中にも見られ、ここでも実在の人物を指していると見る。
ただ、私はその方について深くは知らない。作品の読み方として、予備知識を持って読むことも重要だが、私はそうしない読み方で読んでいこうと思う。
彼と、彼女と。それだけで構わないだろう。
なお、副題(実際には章題)として「手離したくなかった」とあり、ここでは彼女が彼の近くにいた存在で、今はそうでないと読み取ることを出発点にしてもらいたいという意図が伝わってくる。
さあ、見ていこう。
わかりあえなかったよね
いくら手を伸ばしても
闇から光の中へと救ってくれたのは貴女でした
どうしようもなかったあの頃貴女は一瞬で天使に変わった
貴女がいつかは遠くへ行くことを
俺は知らずに
貴女の笑顔を見つめていた
貴女は幸せをつかんだんだね俺は貴女を救えなかった
貴女は幸せになった
俺はまたひとりぼっちになるんだ
貴女と過ごした時間が俺の胸に突き刺さる
もう会えないんだ
俺は貴女を救えなかった
俺はまた闇をさまよう今度は貴女が居ない
もう俺は二度と光を見ることができないんだ
貴女は遠くへ行く
ひとりぼっちの俺を残して
闇は冷たくて暗い俺は貴女との思い出を抱いてさまよう
もう会えない
俺は貴女の笑顔にもう一度だけ見たかった
もう叶わないんだ
長い闇は俺の心をぐちゃぐちゃにしたいつしか貴女との思い出さえも消えて行く
もう一度だけ貴女に会いたかった
さよなら、純子さん俺はまたひとりぼっちに戻るんだ
わかりあえなかったよね
いくら手を伸ばしても
闇から光の中へと救ってくれたのは貴女でした
書き出しから、悲しい言葉が訴えてくる。これだけで、同じように分かり合えなかった誰かのことを想起した人もいるのではないだろうか。
「いくら手を伸ばしても」とは、「俺」の側の行動だが、「貴女」もそうしてくれていたのかは分からない。
一方的な恋慕のような切なさが、「救ってくれた」という恩義を感じる気持ちに見える。
どうしようもなかったあの頃
貴女は一瞬で天使に変わった
貴女がいつかは遠くへ行くことを
俺は知らずに
貴女の笑顔を見つめていた
出逢いが語られる。最初から「天使」だったのではなく、「天使に変わった」という表現には、「どうしようもな」くて荒んでいた「俺」の心に入り込むような優しさを「貴女」が持っていて、心を開かせてくれたことを意味するのだろう。
タイトルにもある「遠くへ行く」瞬間を「知ら」ない無垢な喜びが、優しい言葉の裏に見える。
貴女は幸せをつかんだんだね
俺は貴女を救えなかった
貴女は幸せになった
俺はまたひとりぼっちになるんだ
貴女と過ごした時間が俺の胸に突き刺さる
もう会えないんだ
俺は貴女を救えなかった
「貴女」との別れは「幸せをつかんだ」ことで訪れる。女性の幸せとは何か、一つに限定することは避けるけれど、「天使」たる人を失って「俺」を「ひとりぼっち」にするようなことといえば、きっとそういうことなのだろう。
二度も見える「俺は貴女を救えなかった」という言葉は、「闇から光の中へと救ってくれた」ことへの恩返しを出来なかったことへの強い悔しさから来るのだろう。「貴女」もまた、「俺」のようにどこかで苦しさを抱えていたようにうかがわせる。それを取り払うのは、まさに「救って」もらった「俺」の役割だ、そう自負していたからこそ、「俺」の悲しみは深い。
「貴女と過ごした時間が俺の胸に突き刺さる」なんて、とんだ皮肉だ。「救ってくれ」る存在だった人との思い出が、今はかえって自分を傷付ける要因なのだから。
俺はまた闇をさまよう
今度は貴女が居ない
もう俺は二度と光を見ることができないんだ
貴女は遠くへ行く
ひとりぼっちの俺を残して
「俺」は再び「どうしようもなかったあの頃」に戻ってしまう。しかも酷いことに、そこから「救ってくれた」人を失ったことは、「二度と光を見ることができない」、つまり救済の可能性の否定を意味する。
最後の二行は、置いてけぼりを食らった男の寂しさが素直に吐露されている。それだけに、心に突き刺さる。
闇は冷たくて暗い
俺は貴女との思い出を抱いてさまよう
もう会えない
俺は貴女の笑顔にもう一度だけ見たかった
もう叶わないんだ
「さまよう」場所は、陰鬱としている。「もう会えない」「もう叶わない」と分かってはいても、捨て去ることの出来ない「思い出」。よみがえる「貴女の笑顔」。
その眼を閉じてしまわないのは、「抱いて」いる「思い出」が、それでも優しいからだろう。
長い闇は俺の心をぐちゃぐちゃにした
いつしか貴女との思い出さえも消えて行く
もう一度だけ貴女に会いたかった
「俺」は優しい人だと思う。「心をぐちゃぐちゃにした」のは、「闇」のせいだという。「ひとりぼっちの俺を残して」みたいに、寂しい独白もこぼれはするけれど、直接「貴女」を責めるような言葉は、出てはこない。
ただぼんやりと、時の流れの中に消えてしまう「思い出」が思われて、心は「貴女」を純粋に求める。
「闇」の中では無理だと分かっているから、「会いたかった」と過去形で。
さよなら、純子さん
俺はまたひとりぼっちに戻るんだ
ただ最後に、別れを告げる。
タイトルの「純子さんの幸せを願って」を思えば、あるいはこの状態でいることが、結局は「貴女」の幸せに繋がる、という思考の帰結も感じられる。
優しい人なりの、優しい答えだと思う。
男の儚い恋心が、すっとしみ込んできた。そこに、野口さんの心根が重なることで、彼の表情まで読み取れるようだ。
きっと今も、心の底で、「純子さん」の幸せを願って微笑んでいるだろう。そっと、胸元をぎゅっと握りながら。